ルネサンス時代の印刷
~1500年以前に印刷されたインキュナブラ~
インキュナブラという言葉は、ラテン語のincunabulumの複数形incunabulaで、「揺りかご」という意味から転じて「出生地」「初め」を意味します。
本の世界では、金属活字により印刷され、印刷年が1500年以前のものを「インキュナブラ」と呼んでいます。
1530年頃、金属活字による印刷技術をヨハン・グーテンベルクが発明し、大量の印刷物によって、情報の伝達や流通の速度を劇的に速めたことは、ルネサンス時代の政治、芸術など、様々な種類の文化に影響を与え、宗教革命には大きく貢献し、原動力になったといいます。
凹版印刷(エッチング)の誕生
凹版印刷(おうはんいんさつ)とは、印刷技術のひとつで、版に図像を削り込むもので、通常エッチング、エングレービング、ドライポイントやメゾチントなどの手法によって銅または亜鉛に溝を作ります。
凹版を印刷するときは、版をインクで覆い、ターラタン地か新聞紙によって表面を拭って、溝にのみインクが残るようにし、湿らした紙を先端に置き、印刷機を圧力をかけて版と紙を通し、版の溝から紙へとインクを転写させるという機能です。
1513年にはドイツのグラーフが凹版のエッチングという技法を考案します。
エッチングは凹版処理の一種ですが、道具によって彫るエングレービングとは異なり、線は酸によって版を腐食させたものです。
凹版技術による印刷物は活版にはない風合いを出すことが出来ることからルネサンス時代には凹版と活版が併用してよく使われていました。
偶然から生まれた平版印刷(石版印刷)
平版印刷(石版印刷)は偶然発明されました。
印刷の方式でも今、最も主流を占めるオフセット印刷は、特殊な樹脂を塗った薄い金属版にパソコンから出力したフィルムを取り付ける方法を用いる平版印刷です。
そして、この平版印刷の始まりは石版印刷であるといわれます。
石版印刷(石版印刷)の誕生物語
時代はさかのぼること200年以上前の1798年、ドイツのセネフィルダーという人が偶然にも版に大理石を使う石版方式を発明しました。
印刷技術の発明の中でも、セネフィルダーが石版印刷を発明した逸話は興味深いものです。
クリーニング屋さんがシャツなどをたたむ台に大理石を使っていた時、そこにクレヨンでメモか落書きかをしてしまい、それを水で落とそうとしてもはじいて落ちなかったことに、発想の原点があるといわれています。
なお、セネフィルダーはクリーニング屋さんではありませんが、平版印刷の原理としてはこれはまさにその通りです。
つまり、石版方式とは、大理石の版の票面をきれいに研磨して水に濡らして、そこにクレヨンのような油性の物質で文字を描けば、それがそのまま版になるという機能です。
印刷する際には、大理石の版の表面全休を水で濡らします。
するとクレヨンで描いたところは氷をはじき、ほかの部分には水が残り、そして、油性のインキを全面につければ、クレヨンで描いた部分にインキがつき、水の残っている部分はインキをはじくわけです。
こうしてクレヨンの部分だけが印刷されるのは、水と油が反発する性質を利用しているからです。
水がうまく残るのは、大理石の表面にきわめて細かい穴(ポーラス)が無数に開いているからで、これに適した大理石は、ドイツのケルハイム地方産のものに限られているそうです。
こうした平版印刷はヨーロッパでバロック音楽が盛んだった頃の楽譜などの印刷に役立ったといわれています。
石版印刷の完成~リトグラフの誕生~
18世紀の末期になって、ボヘミアのアロイス・ゼネフェルダーという人が石版印刷を完成させました。別名「リトグラフ」のことです。
当初はインキを練るための台として使っていた石灰石を、凸版印刷に利用できないかという発想から始まったのですが、試行錯誤の末、水と油の反発を利用して平版印刷を行うことに成功したのです。
木版は凸版、銅版は凹版なのですが、この石灰石は表面が平らな平版だというところが、画期的な発明とされる所以です。
平版印刷の仕組み
少し科学的になりますが、脂肪性(油性)の薬剤で絵柄を描き、その上に硝酸溶液を塗ると、石灰石の炭酸カルシウムと反応して脂肪酸カルシウムができます。
この脂肪酸カルシウムが水をはじく性質をもっていて、親油性のインキが乗りやすくなるわけです。その他の絵柄のない部分は、保水性に富んだ酸化カルシウムとなって、水を受け付けます。
石灰石の表面を水に濡らしてから印刷インキを載せると、絵柄の部分だけにインキが付いて紙に転写できる状態になるというわけです。
平版印刷のメリットとデメリット
石版の場合は、木版や銅版のように彫る作業が不要で、文字や絵柄を自由に描きさえすれば、印刷が可能になるというメリットがありましたが、欠点は何といっても石灰石が重く、しかも高価で入手しにくいということでした。
一つの石灰石を印刷後に平らに研ぎ直すという作業を繰り返し、本当に薄くなってしまった石版も少なくありません。
当初は、薬品処理に頼る不安定さも確かにあったのですが、絵画が盛んだったフランスを中心に、このリトグラフは発展していきました。